大分地方裁判所 平成9年(行ウ)8号 判決 1998年3月24日
大分市都町三丁目七番一七号
原告
有限会社神野組
右代表者精算人
神野栄一
右訴訟代理人弁護士
岡村正淳
大分市中島西一丁目一番三二号
被告
大分税務署長 池田隆至
右指定代理人
富岡淳
同
森敏明
同
吉良輝昭
同
井寺洪太
同
畑中豊彦
同
瀬名波廣
同
星野光賢
同
池田和孝
同
河口洋範
同
鈴木吉夫
同
福浦大丈夫
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告が原告に対し、平成八年二月二六日付けでした平成二年一〇月二四日解散の清算所得に係る法人税の更正処分及び無申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。
第二事案の概要
本件は、原告が、その所有する大分県都町三丁目一三四番地及び一三四番地二所在の建物(以下、「本件建物」という。)を、原告に帰属する右建物の借地権部分(価格三六五〇万円。以下「本件借地権」という。)とともに第三者に売却したことについて、右借地権の原価が三六五〇万円で、その譲渡利益金額が零円であるとして行った法人税確定申告につき、被告が、右借地権の原価は零円で、右譲渡による譲渡利益金額を三六五〇円であると認定し、これに基づいて法人税の更正及び無申告加算税の賦課決定をしたのは、右借地権の原価の認定を誤ったもので違法であるとして、原告が被告に対して、右各処分の取消を求めたものである。
一 争いのない事実
1 原告は、平成二年一〇月二四日に解散し、清算中であったが、原告の解散前の代表取締役であり、清算人である神野栄一(以下「神野」という。)は、平成四年五月一九日、原告が所有していた本件建物を消費税を含めて二七〇〇万円で、神野が所有していた右建物の敷地(以下「本件建物」という。)を七三〇〇万円(内訳は、原告に帰属する本件借地権に対する対価が三六五〇万円、右借地権価格を除いた右土地の底地に対する対価が三六五〇万円。)で訴外有限会社大都会らに売却した(以下「本件譲渡」という。)。
2 原告は、解散による清算所得に対する法人税について、平成七年一二月一五日(法定申告期限は平成四年六月一九日)、法人税法一〇条に規定する申告を別表1の「確定申告」の欄のとおり記載して提出した。
3 これに対し、被告は、平成八年二月二六日付けで別表1の「更正処分等」欄記載のとおり、法人税の更正処分及び無申告加算税の賦課決定処分(以下「本件課税処分」という。)をした。
4 原告は、平成八年四月二六日、本件課税処分に対する異議申立てをしたが、同年七月二二日付けで棄却された。
5 原告は、本件課税処分を不服として、平成八年八月二〇日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたが、同所長は、平成九年二月二五日付けで右審査請求を棄却する旨の裁決をし、同裁決書謄本は、同年三月七日、原告に送達された。
二 争点
本件借地権の原価は、三六五〇万円、零円のいずれか。
(原告の主張)
1 本件借地権の譲渡による譲渡利益は、本件譲渡代金から本件借地権の原価を控除した額であり、その原価は三六五〇万円であるから、譲渡利益は零円である。
2 被告は、本件借地権の譲渡に係る収益の原価は、租税特別措置法施行令(以下「施行令」という。)三八条の四第五項一号イにより、譲渡直前の帳簿価格と定められているところ、本件借地権については、簿価がなかったのであるから、原価は零円である旨主張する。確かに施行令の規定は被告引用のとおりであり、原告の帳簿には、本件簿価の記載はなかったので、施行令を形式的に適用すれば被告主張のとおりとなる。
しかし、租税特別措置法(以下「法」という。)六二条の三第二項二号は、「譲渡利益金額」は、「収益の額」から「原価」等の額を控除した金額をいうとしているのであるから、現実に本件借地権について原価が存在しているのであれば、それを控除して利益額を算定するのが法の趣旨であるといえる。
3 原告が、本件借地権を譲渡して収益をあげることができたのは、原告が本件土地上に本件建物を建築士、かつ、これを維持してきたためであるから、少なくとも右建物の建築ないしその維持に要した経費は、法六二条の三第二項二号にいう原価に相当する。その金額は、施行令三八条の四第六項所定の保有のために要した負債の利子の額並びに一般管理費の額であり、その金額は別表2のとおり合計一一二五万九二〇一円となる。
4 のみならず、本件借地権の額は、本来、帳簿上その価格が記載されるべきであたものが、その金額を確定することが困難であるなどのため簿価として記載されていなかったにすぎないものであり、譲渡直前において現実にそれだけの価格の借地権を保有し、かつ、これに見合う建築費その他の借地権の取得及び維持の経費すなわち原価が存在している場合において、帳簿上の記載の欠缺を理由に原価を否定して課税を行うことは、原価を控除して利益を算出するとしている法六二条の三第二項二号の趣旨に反する。
5 ちなみに、法人が借地権の設定されている土地を保有している場合において、借地権が消滅した場合、その消滅のときにこれを取得したものとして取り扱うものとなっている。(租税特別措置法通達六二の三(1)‐一五。以下「通達」という。)。本件の譲渡利益は借地権消滅の対価であるから、右と同様の取扱いをすることが合理的であり、右通達の準用により、本件借地権の譲渡直前の簿価として取り扱われるべき金額は、譲渡価格と同じく三六五〇万円である。
(被告の主張)
1 法人が土地の譲渡等をした場合は、通常の法人税のほかにその土地の譲渡等に係る譲渡利益金額の合計額について、付加課税が行われる(法六二条の三)。この土地の譲渡等の中には、土地の上に存する権利の譲渡も含まれ(法六二条の三第二項一号イ)、譲渡利益金額は、土地の譲渡等による収益の額として政令で定めるところにより計算した金額から当該収益に係る原価の額及び当該土地の譲渡等のために直接又は間接に要した経費の額として政令で定めるところにより計算した金額を控除して計算する(法六二条の三第二項二号)。そして、この場合の当該収益に係る原価は、当該譲渡に係る土地等の譲渡直前の帳簿価格と定められているが(施行令三八条の四第五項一号イ)、本件借地権の帳簿価格はなく、原価は零円となる。また、原価をもとに計算される間接経費(施行令三八条の四第六項)も零円である。そこで、被告は、本件譲渡価格の三六五〇万円が課税土地譲渡利益金額であると認め、平成六年法律第二二号による改正前の法六二条の三第一項の税率一〇パーセントを適用して、課税土地譲渡利益金額に対する税額三六五万円を算出した。
2 原告は、原告が本件借地権を譲渡して収益を得ることができたのは、原告が本件土地上に本件建物を建築し、かつ、これを維持してきたからであるので、すくなくとも右建物の建築ないしその維持に要した経費は、法六二条三第二項二号にいう当該収益に係る原価に相当し、その額は、施行令三八条の四第六項一号所定の資産の保有のために要した負債の利子の額並びに同項二号所定の一般管理費の額の合計一一二五万九二〇一円となると主張する。しかし、以下に述べるとおり、原告の主張は失当である。
本件借地権の譲渡に係る収益の原価は、施行令三八条の四第五項一号イにより、譲渡直前の帳簿価格と定められているところ、原告は、本件建物の敷地として本件土地を借り受けるに際し、神野に対して権利金等を支払った事実はなく、原告の各事業年度の法人税確定申告に添付されている決算報告書の資産の部には借地権の計上もないことから、借地権の帳簿価格はなく、本件借地権の譲渡に係る収益の取得原価が零円であることは明らかである。ところで、借地権譲渡の場合の譲渡利益金額は、借地権譲渡による収益の額から当該収益に係る原価の額及び本件借地権の譲渡のために直接又は間接に要した経費の額を控除したところにより計算するが(法六二条の三第二項二号)、直接又は間接に要した経費の額は、原則として概算法により、譲渡した借地権を取得した日からこれを譲渡した日までの期間内において、これらの資産の保有のために要した負債の利子分として六パーセント、販売費及び一般管理費分として四パーセントをそれぞれ当該借地権の帳簿価格の累計額に乗じて算出した合計額とされている(施行令三八条の四第六項及び第八項)。しかし、同規定は、譲渡した資産に取得価格の額がある場合の間接経費等の額の計算方法について規定したものであり、前記のとおり、本件借地権の取得原価の額が零円であれば、本件で控除すべき間接経費等の額も零円となる。したがって、本件建物の帳簿価格をもとに間接経費等の額を計算すべきである旨の原告の主張には理由がない。
なお、原告は、原告が本件借地権を譲渡して収益を得ることができたのは、原告が本件土地上に本件建物を建築し、かつ、これを維持してきたからである旨主張しているところ、神野は、同人を原告とし大分税務署長を被告とする当庁平成九年(行ウ)第九号更正処分等取消請求事件において、本件建物の建築、維持、管理、処分は、すべて神野個人によって神野個人の財産と同様にされてきたものであり、本件建物は実質的に神野個人の所有であったも同然である旨、本件における原告の主張と矛盾した主張をしている。
3 また、原告は、通達(六二の三(1)‐一五の後段)を根拠に、本件借地権の取得原価の額は三六五〇万円である旨主張する。しかし、右通達の規定は、土地の所有者が借地権の消滅に際し、借地人に対して立退料を支払った場合に、その対価の額に対応する部分の土地をその消滅時に取得したものとし、その他の部分は当社から有していたものとして、一般土地譲渡益重課の計算をする取扱いを定めたものであり、本件には無関係は通達であって、原告に対してこれを適用する余地はない。
第三争点に対する判断
一 前記争いのない事実に、証拠(甲一、乙一、二)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 神野は、平成四年五月一九日、原告が所有していた本件建物を二七〇〇万円、神野が所有していた本件土地を七三〇〇万円(内訳は、神野に帰属する底地部分が三六五〇万円、本件建物の所有者である原告帰属する本件借地権が三六五〇万円。)で訴外有限会社大都会らに売却した。
2 本件建物は、原告が、昭和五〇年六月に新築し、本件譲渡時まで原告の本店事務所及び神野ら家族の居住の用に供されていた。また、本件土地は、昭和五七年一〇月、神野が祖父から相続により取得し、本件建物の敷地として使用されていた。
3 原告は、本件建物の敷地として本件土地を借り受けるに際し、神野に対して権利金等を支払っておらず、また、被告に提出された原告の各事業年度の法人税確定申告書に添付されている決算報告書の貸借対照表の資産の部には、借地権の計上はない。
二 ところで、清算中の法人が土地等を譲渡した場合、その譲渡の収益に係る原価の額は、施行令三八条の四第五項五号に「残余財産の確定直前における土地等の帳簿価格」と規定されているところ、前記一3で認定した事実によれば、本件借地権の帳簿価格は零円である。
この点につき、原告は、本件借地権譲渡による利益は借地権消滅の対価であるから、通達と同様の取扱いをすることが合理的であり、右通達の準用により、本件借地権の譲渡直前の簿価として取り扱われるべき金額は、譲渡価格と同じく三六五〇万円である旨主張する。しかし、右通達は、土地の所有者が借地権の消滅に際し、借地人に対して立退料その他その消滅の対価を支払った場合に、その消滅の対価の額に対応する部分の土地をその借地権の消滅時に取得したものとし、その他の部分は当初から有していたものとして、一般土地譲渡益重課の計算をする取扱いを定めたものであり、借地権者である原告に右通達を準用する余地はなく、右主張は失当である。
三 以上によれば、本件借地権の原価は零円であり、また、原価をもとに計算される間接経費も零円となるので、本件借地権に係る課税土地譲渡利益金額は三六五〇万円となる。したがって、右譲渡利益金額に平成六年法律第二二号による改正前の法六二条の三第一項の税率一〇パーセントを適用して、課税土地譲渡利益金額に対する税額三六五万円を算出した本件課税処分に違法はない。そして、原告は、法人税法一〇四条一項に定める法定申告期限(平成四年六月一九日)を経過した平成七年一二月一五日に申告書を提出したものであって(当事者間に争いがない。)、右期限内に申告書の提出がなかったことについて、国税通則法六六条一項ただし書に規定する「正当な理由がある」とは認められないから、無申告加算税の賦課決定をした本件課税処分に違法はない。
四 よって、本件課税処分が違法であるとしてその取消を求める原告の本訴請求は、いずれも理由がない。
(口頭弁論の終結の日 平成一〇年二月二四日)
(裁判長裁判官 安原清蔵 裁判官 高橋亮介 裁判官 秋信治也)
別表1
<省略>
別表2
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